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Criticism 2

 「時間」と「空間」は芸術家にとって永遠のテーマである。更にもう少し加えるとすれば、「生命」と「記憶」が挙げられる。近代美術史に名を連ねた巨匠たちは、自らの造形言語としてこのテーマを生涯を通じて追求してきたと言っても過言ではない。例えば、ピカソ、シャガール、ダリ、カンディンスキー、デュシャン、フォンターナ、マッタ、ボイス、キーファーなど、時代をリードした芸術家たちはいずれもこうした普遍的な主題をその作品の中で表現してきた。
 ここに紹介する笠木絵津子の場合は、これら四つの主題をすべて備えているが、彼女の技法が写真であるため、更に「光」という要素が加わる。今日のハイテク時代の最も進化した分野である複製と合成の世界で高度な技法をマスターした作家にとって、現実の記録である写真を絵の具とし、技術を筆として、自在に構成した作品は彼女の人生そのものである。人生とは、「生命」と「記憶」で成り立っているともいえる。今日の自分に到達するまでに辿ってきた道程を逆行して母の時代に戻り、更に遡って祖父母の時代にまで「時間」と「空間」を追って行き、そこでかってあったであろう幸せな時代の「記憶」を引き出そうとしたのである。
 目に見ることもなく、誰も語らず、痕跡も無い過去の「記憶」を再現することは不可能ではあるにせよ、写真の中に自らを立ち合わせ、自分との関連性を強調することによって、作家は連綿と続いた「生命」の不可思議に想いを馳せ、家族のきずなと自分のアイデンテティーを確認したかったに違いない。

 今回の発表は「戦後編」と銘打った、旧満洲にいた祖父母一行が1946年、苦難の道中を経て、佐世保に戻ってきたところから始まる「記憶」シリーズである。作家はこれまで家族の足跡を追って、北朝鮮を除く、台湾、旧満洲、九州、関西の“現場”に足を運び、その場の陽光を浴び、吹く風に身を曝して、過ぎ去った過去の声を聞こうと努めた。作品はこうして時空を超えたところで体験した幻想を造形化したものであるが、このための最適な手法はやはり写真であろう。現実感を残しながら、如何ようにも変化する写真表現は21世紀に完成をみた創造性豊な造形言語である。
 鑑賞者の体を包むかのような大型画面の前に立つと、ふと夢の中の風景を見ているかのような錯覚に陥るのは私だけではあるまい。確かに存在した場所、そこにいたかもしれない自分、見覚えのある人々、やわらかい陽光とそよぐ風。こうした情景は、誰もがかすかに記憶の奥底に持っている幻影であるが、作家はこれを目に見える形にして、自分が何者であるかを示そうとした。
 「自分とは何者であるか」を見せることが、芸術家にとって古今を通じて最も重要なことであることは言うまでもない。                                                   

(美術評論家)


笠木絵津子展「Arrival 戦後編」
(2007年10月、アート・バイ・ゼロックス ギャラリー)
展覧会テキストより

金 澤 毅

時 空 を 超 え て