リーマン幾何学に関するコメント:



 今回の展示のキーワードとして「リーマン幾何学」を導入した。数学、物理分野では有名な幾何学であるが、一般にはその意味合いが理解されにくいと思われるので、ここで私なりに解説(?!)することにする。

 私とリーマン幾何学との出会いは、今から40年前、素粒子理論を専攻中の大学院生の時である。指導教官の某教授と相談して、一般相対性理論をやることになり、その理論を記述するための数学である「リーマン幾何学」を勉強することになった。それは均等目盛直交座標軸を持つユークリッド幾何学を超えた幾何学で、ざっくり言ってしまえば、曲面の数学であった。座標軸そのものが波打っているn次元空間の幾何学と言えば良いか。特徴的な曲面はいろいろ挙げられるが、特に有名なのが、メビウスの帯、或いは、クラインの壷である。
 さて、私と教授がなぜ曲面の数学をやることになったのかと言えば、アインシュタインが一般相対論を確立するために、リーマンの曲がった時空のための幾何学を採用したからであった。一般相対論とは、重力の場を説明するための理論である。重力場は大きな質量の周りで光をも曲げるが、アインシュタインは大きな質量の周りで重力の場自体が曲がると考えた。

 以上の私の説明は、かなりの独断的表現であるので、現代理論物理の専門家から見れば少々荒っぽいと思われるかも知れないが、それほど本質からはずれてもいないと思う。私が学んだリーマン幾何学は私の当時の研究に必要な部分を選んでのことであったし、数式無しで説明し切れるものではない。

 さて、生まれたての母が居る時空に飛び移ることは、母を失ったばかりの私にとって生死に関わる切実な願望であった。私は均等目盛直交座標軸のユークリッド4次元空間の中で彼方に浮かぶ赤ん坊の母の時空を眺めている。そして、母の黄色の着物に身を包み赤ん坊を抱きに行こうとしていた。現代物理学では不可能であったが、物理学の正しさのためにこの行動実現させたいわけではないので、私は知恵を絞ってある方法にたどり着いた
 2002年に私が試みた母を抱きに行くプロジェクトは自分の写真を撮りパソコンを使って1924年の写真の中にもぐりこむ方法だった。制作の過程で私は母を抱く感触を疑似体験し、2003年に重ねた画像を等身大に印刷して画廊に展示した。

 そして、その後、もうひとつの、赤ん坊の母を抱くための方法に気がつい。すなわち、時空を曲げて私の時空と母の時空を重ね合わせることだった。時空を曲げる、それはリーマン幾何学を使うことに他ならない。時空を曲げるための具体的方法としては、時間軸を空間的に曲げて展示すれば良い。家族写真で時間軸を作り、1924年の母の写真の部分2002年のの写真の部分をクロスさせれば良い。時間軸の目盛として家族写真を使っているの一枚ずつの写真は出来るだけ小さくした。

 今日、別プロジェクトで関わったある方から、非常に示唆に富むメッセージをいただいたので、最後に掲げさせていただく。

(前略) 展覧会の「内容」を読ませていただき、シモーヌ・ヴェイユの「重力と恩寵」を思い出しました。われわれにのしかかっている絶対的な重力から解き放たれるにはどうすればいいのかを考えた場合、シモーヌは恩寵だけが重力から自由であるとしていますが、芸術もまた重力から自由であると思えます。(後略)



2017711
笠木絵津子 
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